【この秋、麹町学園だよりに掲載の内容を一部変えてお伝えします】

世の中には年を重ねてからもいきいきと生活している人がいます。

そういう人は共通してそれぞれ良い生活習慣を沢山身につけています。

私がこの年まで大病をせず元気で暮らしてこられたのも、やはり生活の中できちんとしたしつけをしてもらったことに拠るところが多いと今改めて両親に感謝しています。

昭和16年に相川家の次男として生まれた私は鎌倉の横浜国立大学付属小学校中学校で少年時代を送りました。

中学3年まで、年中、坊主刈り、半ズボンですごしました。

冬になると、手や足にはあかぎれやしもやけができて、お風呂に入ると浸みて痛い思いをしました。

戦後で物資が不足していたことから、広くない我が家の庭を畑にして、トマト、きゅうり、茄子、イチゴなどを栽培していました。

また、山羊と鶏も飼っていて、畑仕事の手伝いに加えて、家畜の世話は亡き兄と私の日課でした。

鶏の餌はフスマに大根の葉を刻んだものに、卵の殻によいのだからと、貝殻を小さく砕いたものを混ぜたりしたものです。

これらの経験から大地からの恵みをいただくという「食育」を自然な形でされていたのだなと思い返されます。

12人兄弟の7番目の父は、大家族の中で食事はいつも全員一斉に「いただきます、ごちそうさま」と言うように育てられたそうで、我が家もそれがしきたりでした。

好き嫌いをしてはいけないとも教わり、食べ残すことはめったに許されませんでした。

人参が苦手な私に「嫌いな人参を毎食出して食べられるようにした」という乃木大将のお母さんの話をよく引き合いに出されたものです。

高校生になって、アメリカに留学したホストファミリーのところで、生の人参がでてきて、塩や、デイップをつけたりして頂き、人参とはこんなおいしいものだったのか、と再認識をして、それ以来むしろ好んで食べるようになりました。

私はまた、あまり間食をしません。

朝食は6時頃、お昼は12時前、夕食は6時頃を目途としています。勿論お仲間次第ですが。

このような食事習慣のおかげで、社会に出て総合商社に勤務し、ニューヨーク、テヘラン、ハノイでの駐在、また、さまざまな国に出張や長期滞在などした時にも、その国の料理を口にするのに、さほど抵抗感がなく生活できたことも両親に感謝しています。

モスバーガーの櫻田社長にお願いをして、麹町学園の中学1年生の授業に食育を取り入れたのも、麹町学園の生徒のみなさんに日々の食事について考え直すきっかけになれば、また、その体験が家に帰って家庭内での話題になってくれれば、との思いからのことでした。