ハナミズキ

麴町学園通りに面した植栽に薄紅色のハナミズキの花が咲き誇っています。

“ハナミズキ”は1912年に当時の東京市長であった尾崎行雄がアメリカのワシントンに桜の樹を送ったお返しとして、1915年にアメリカから日本に送られたという話が有名です。アメリカではノースカロライナ州とバージニア州の花になっています。

さて1970年から6年住友商事のニューヨーク事務所に私が駐在していた時のお話です。私はニューヨークから飛行機で3時間ほどの、ラーレイ市によく出張していました。アメリカ企業とは肥料原料のリン鉱石の取引をしていましたが、積み出しはモアヘッドシテイーという港より、そしてその窓口部門はノースカロライナ州の州都のラーレイ市にあったことからです。

これは大規模な商談でしたが、他方、日本向けのチキンや欧州向けのウナギの輸出などの取引をした会社があったことも思い出しました。

ノースカロライナはアルコール飲料についての規制が厳しい州のひとつでした。お酒は“リカーライセンス”を持っていれば,街のリカーショップで買えたのですが、レストランなど外食店でのアルコールの提供は制限されていました。

この制限に対応して”ブラウンバッギング“と呼ばれていたレストランで飲酒ができるという方法がありました。簡単に言えば持ち込みOKのレストランです。自分の好みのお酒(ウィスキー、ジン、ウオッカなど)のボトルを茶色のペーパーバッグに入れて持ち込み「セットアップを」とウエイトレスに頼むと、氷や水、グラスをだしてくれるというあんばいです。

またノースカロライナ州は東海岸にあって、ラーレイ市の近くにはパインハーストという歴史的にもゴルフで有名な地域もあります。ゴルフ場には随所に、そして取引先の重役の邸宅にもハナミズキが植えられていました。

美しいハナミズキの花を見ると当時の思い出がよみがえります。

ツツジやがてハナミズキの足元に咲き始めたツツジの花に主役を譲る頃です。

こうして道行く人々にも彩りと癒しを与えてくれる花々に見守られて、麹町学園では今日も生徒たちが元気に学んでいます。